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十周年

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東京マルイ「ランボルギーニ・カウンタックLP500R」

本日ご紹介するのは、この車。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (01)


今なお多くの人々を魅了し続けるスーパーカー「ランボルギーニ・カウンタック」とそのプラモデルについてのお話です。







ランボルギーニ・カウンタックが初めてその姿を現したのは、1971年のジュネーブ・モーターショーにおけるベルトーネのブースでのこと。奇才マルチェロ・ガンディーニがデザインを手掛けたこの車を見た誰もが“驚き”の声を上げたことでしょう。この車の車名“Countach!”のように。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (13)

そしてその姿は当時の子供達の心をも鷲掴みにし、70年代後半のスーパーカーブームの立役者になりました。確かにそのスタイルは我々が知る“クルマ”の形とはかけ離れていましたし、伝えられるスペック----主に最高速度も、桁外れのものでした。(実際には300km/hもスピードは出せなかったようですが)。まさに“夢のクルマ”。そんなクルマを一目見たい、乗ってみたい、運転してみたいと誰もが思ったことでしょう。その願いが叶わぬのならせめて模型だけでも------とばかり、当時はスーパーカーのミニカーやプラモデルが数多く発売されていました。


事実、私が手にしていた“カウンタック”でも、ミニカーが二台。(アレはどこへ行ったんだろう?;涙)。プラモデルが四台------その内、一台が今は亡き日本模型製の黄色いカウンタックで、ドアも開かないし、ライトも開かないけれど、よく出来ていたなぁ……。で、もう一台が有井製作所(現マイクロエース)製の赤いカウンタックで、こいつは後ろのドライブシャフトが欠品だった!(涙)-----などなど、色々とエピソードがあるのですが、残りの二台が東京マルイ製のもの。青のカウンタックLP400と、本日ご紹介する黒のLP500Rでした。


東京マルイといえば、いまではエアガン/電動エアガンのトップメーカーとして知られていますが、元々は玩具・模型メーカーでして、その企画力はアオシマ(アオシマ文化教材社)と双璧をなす 頭おかしい 愉快で楽しい製品を数多く発売してきた会社なんですね。そんな同社がスーパーカーブームの最中に発売した自動車のプラモデルは名作が多く、中でも“ランボルギーニ・カウンタック”は決定版とさえ言われ、長い間多くの人に支持され、愛されてきました。

一方で、つくり上げるには難しいモデルの一つでもあり、小学生だった私には手に余るプラモデルでもありました。前述した通り“二台”つくったのですが、内一台(青のLP400)は制作しているそばから崩壊、接着剤の跡も生々しく残り、とても鑑賞に耐えうるものではありませんでした。それどころか、手に持った途端にドアは壊れ、窓ガラスは外れ……。完成形をとどめたのはほんの僅かの間。すぐにスクラップと化したのでした(涙)。


本日ご紹介のLP500Rは、そのリベンジでつくったものだったのですね------残念ながら、こちらも接着剤跡が残ってたり、いろいろと壊れた跡が残ってますが(恥)。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (18)


では、もう少し詳しく見ていきましょうか。


正面
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (02)

薄く、平べったい形状がよくわかりますね。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (06)


左側面
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (03)

経年変化により、タイヤが溶け出してます(泣)。東京マルイの同時代のモデルはみな、こんな感じなんだそうです。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (07)



背面
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (04)

本当はマフラーが4本突き出ているのですが、すべて取れてしまってます(泣)。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (08)


右側面
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (05)

大型デカールが付属していましたが、子供には難しかったようで、ご覧の通りの有様です(泣)。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (09)


前方から上面
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (14)


後方から上面
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (15)


前方から左斜め
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (20)


後方から左斜め
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (21)


後方から右斜め
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (22)


前方から右斜め
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (23)




ランボルギーニ・カウンタックLP500R (25)

このモデルは印象的なリトラクタブル・ヘッドライトが開閉し、ムギ球を内蔵させることにより点灯させることが出来るのですが、制作後にこのギミックを壊してしまったので、ライトをオープンの位置で固定しています(泣)。



ランボルギーニ・カウンタックLP500R (10)

最初の市販版であるLP400にはない、大型のチンスポイラーとリアスポイラーが目を惹きます。当時の子供にとって、“羽根”はかっこいいギミックでした。


またこのモデルには4点式シートベルトを再現出来る、凝った仕様でもありました。
ランボルギーニ・カウンタックLP500R (19)

ただ、これを当時小学生だった私に再現できるはずもなく……。運転席は3点式。助手席は2点式と、苦し紛れにあつらえてます(恥)。


ギミック全開。
ランボルギーニ・カウンタックLP500R 27)

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (28)

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (29)

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (30)

前述のリトラクタブルライトの他、特徴的な跳ね上げ式ドア、エンジンフードも開閉することが(仕様上)可能です。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (31)

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (32)

ドアは、ワイヤー状のバネ鋼でドアを支える仕組みになっていて、任意で開閉できる仕組みになっていたのですが……。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (33)

これがまた色々とありまして、開けると、かなりの確率でそのバネが内張りから外れてしまうんですね。またそのバネを固定するボディ側の台座も、剥がれてしまうことがあり、難儀する箇所の一つでもありました。この作例もこのギミックが壊れてしまい、ドアは開けられるけれど、開けたままにすることは出来なくなってます。(撮影ではドアとボディの間に粘着剤を詰めてます)。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (34)

また、撮影中に運転席側の窓が剥がれてしまい、急遽、セロハンテープで固定しました(恥)。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (35)


ランボルギーニ・カウンタックLP500R (36)

このモデルは、前輪と車内のステアリングがギアを介して繋がっており、同期して動かすことが出来ました。こういったところを再現したプレイバリューの高さも、人気の商品でした

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (37)



ランボルギーニ・カウンタックLP500R (38)

エンジン自体はメッキパーツで再現。本当はリード線でコード類を再現できる仕様だったのですが、前述の通り、当時小学生の私にそのような工作が出来るはずもなく……(泣)。



さて、この車がどのくらいの大きさなのか、同スケールの人形があったので並べてみました。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (39)

どうでしょう、いかにこの車が低く、平べったいか、あらためて判りますね。同時に意外と小さな車であることも判ります。



そんなカウンタックを見て、口の悪い人たちは言います。“こんなクルマ、実用的ではない”と。たしかにそうでしょう。このクルマは主婦が子供を乗せて近所に買い物へ行く“アシ”としての車ではありません。キャビンはミニマムで、収納スペースも極僅か。性能のほとんどを走りに振ったロード・スポーツカーなのですから。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (16)

しかし、ここで異論が聞こえてきそうです。“カウンタックはスポーツカーなのか?”と。奇抜な格好をしただけの、ただのお金持ちの玩具なのではないかと。


確かに、その指摘を拭い去ることは出来ません。このクルマを設計し、その開発を指揮したパオロ・スタンツァーニ自身、そう言っていましたから。


しかしながら、“カウンタックは”ガンディーニのデザインを纏った、形だけのクルマではありません。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (20)

スタンツァーニはこの車を手掛けるに当たって、“ミウラ”とはまったく正反対のアプローチを取ります。縦置きのエンジン、ショートホイールベース、前後の重量バランスの是正。etc…。あの衝撃的なスタイリング、そして数々の心をくすぐるギミックは、エキセントリックな外見とは裏腹に、ミッドシップ・ロードカーというものがどうあるべきかを真面目に追求したが故の解だったのでした。

そうして生まれた“カウンタック”が、その名の通り“驚愕”なスタイリングだったことは必然だったのかもしれません。そしてその未来感にあふれた、まさに“夢のクルマ”にふさわしい“カウンタック”は、その後しばらく間、自動車メーカーとしてのランボルギーニを支え続けるのでした。


ランボルギーニ・カウンタックLP500R (19)


“カウンタック”がお披露目された直後、ランボルギーニ社は、ボリビア政府から受注した大量のトラクターの契約を一方的に破棄され、経営危機に陥ります。さらに最初の市販型であるLP400が発売された前後には、追い討ちをかけるように石油ショックが襲います。そして1978年には、ドイツのBMW社より委託されていた自動車(BMW M1)生産の契約を履行できず、倒産。イタリア政府の管理下におかれ、以降、多くのオーナー・企業の間を転々としていきます。その間、流浪のランボルギーニを支え続けてきたのが“カウンタック”でした。


1987年にクライスラーの傘下となったランボルギーニは、カウンタックの後継車として“ランボルギーニ・ディアブロ”を発表。そしてこの車に後を託して、カウンタックは1990年に生産を終えます。実に19年。長きに渡り、マイナーチェンジを重ねながらも苦境の新興自動車企業を今日まで存続させる立役者だったのでした。


やがてランボルギーニは1999年にフォルクスワーゲン・アウディ傘下に入り、ようやくかつての栄光を取り戻します。ランボルギーニのエンブレムである“猛牛”のイメージそのままの、意欲的なクルマが発表されます。そのどれもが“カウンタック”の系統上にあるクルマでした。言い換えるなら、それらはすべて“カウンタック”の息子達であり、スタンツァーニの意思を受け継ぐ車なのです。


また、こういう言い方も出来るかもしれません------“カウンタック”は、我々が思い浮かべる“ランボルギーニ”そのものだった-----そういっても過言ではない、と。


そんな“奇跡”の車があの時代に生まれたことも、また“奇跡”だったのでしょうか?


その背景を紐解いていくと、1960年代というあの時代だからこそ生み出されたのでは? と思えることしばしばでした。ランボルギーニが自動車製造に乗り出すタイミング、そこに集った若きエンジニア達が夢に向かって力を発揮できた環境-----。

ランボルギーニ・カウンタックLP500R (40)

ひょっとすると“カウンタック”は、そんな若者達の最後の“結晶”だったのかもしれない-------と。



参考文献:Car Magazine No.280

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